Can't Stop Fall in Love【番外編】

美月と忘年会②

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 「ちょっと、聞いてるの!?」
 遠い目をしていたら、痺れを切らした一人に肩を小突かれた。
 ……ほらね、こうなるんだから。 
 お手洗いを済ませて廊下に出たところで、私は数人の女の人たちに取り囲まれた。私服姿だから最初はわからなかったけど、よくよく見れば顔に見覚えがある。同じ会社の社員で、受付をしている人たち。
 暮れの押し迫ったこの時期に、同じ会場の同じ時間帯に他の部署と忘年会が重なるのは考えにくい。だとしたら、今日ここで総務課の忘年会があることを聞きつけて、わざわざやって来たということなのだろうか。
 まったく、暇な人たちだ……。なにも仕事納めのこんな日に私なんかを追いかけなくても、他にすることはいくらでもあるだろうに。だけど彼女たちにしてみれば、今年の汚れは今年の内に、ということなのかもしれない。
 「あなた、はっきり言って目障りなのよ。」
 大人しくしていれば綺麗な顔であるにも関わらず、彼女たちは総じて目を吊り上げて鬼のような形相をしている。
 恐れていた事態だったけど、不思議と怖くはなかった。多分、少量ではあるがお酒を含んでいたことで気が大きくなっているのと、今までにもあれこれ考えていたお陰で心の準備だけは整っていたみたい。
 だけど対処法までは考えてなかったから、とりあえずこれ以上怒らせないように大人しくしているほうがいいのだろう。幸いここには総務課の仲間もいる。私の帰りが遅いことを気にして、太田さんたちが様子を見に来てくれるかもしれない。
 私は黙って下を向き、嵐が過ぎ去るのをじっと待つことに決めた。
 「4月に入社したばかりの新人のくせに専務秘書だなんて、生意気よ。」
 ───そうですよね。新人なのに、おかしいですよね。
 「たいして美人でもないし、あなたより専務に相応しい人はたくさんいるのよ。」
 ───はい、おっしゃる通りです。私もそう思います。
 「どうやって専務に取り入ったか知らないけど、あなたなんかが傍に居て、いったい何の役に立つっていうの!?」
 ───ごめんなさい、それは私にもわかりません。
 「なんとか言ったらどうなのよ!?」
 ───なんとか言えと言われてましても……。
 口には出さなかったけど、心の中でずっと返事はしていましたよ。だけどなにも反論することはない。だってあなたたちが言ったことは、自分でもずっと疑問に思ってきたことだもん。
 それに、彼女たちの気持ちも少なからずわかる。もしも輝翔さんを射止めたのが私ではなくて。輝翔さんの隣にいるのが違う誰かだったら、私もきっと彼女たちと同じように嫉妬に狂っていただろう。私の場合、直接攻撃するような度胸もないから、心の中で呪いをかける、くらいかなぁ?
 それでも、その人が自分では到底敵わないような素敵な人だったら、諦めもついたに違いない。なのに蓋を開けてみたら、こんなに平凡などこにでもいるような普通の私だったのだから、憤りを感じても仕方がない。 
 ……だけど。彼女たちを納得させるような答えは何も見つかってはいないけど、今ここでそれを私にぶつけたからと言って、なにか解決するのかな。私が泣いて怖気づけば、それで満足なの?私には務まらないと退職すれば、それでいいの?
 申し訳ないが、そのご期待には応えられそうもない。ほんの数ヶ月の間だけど、私にだっていろいろあって、少しは鍛えられた。
 秘書が務まる自信はないけれど、仮に私が秘書を降りたからといって、彼女たちにその役が回ってくることはないと思うんだけど。
 「なんとか言ったらどうなのよ、このブス!」
 ───うわぁん!ブスって言われた!自覚してても、傷つくなぁ……。
 いつまでたっても動かない状況に、ついに業を煮やしたひとりに逆切れされた。
さっきまでの方がまだ理性的に話していたのだろう。ブスとか死ねとか感情的なことしか言わなくなったということは、完全に話が通じなくなった証拠。神経を逆なでしないように黙っていたことが裏目に出てしまったようだ。
 これはさらに長くなりそうな気配がする。もう結構な時間が経ったというのに、太田さんも黒木さんも一向に助けに来る気配がない。こんなにもわかりやすい場所にいるんだから、通りかかる人がいたっていいじゃないかっ。
 よくある話であれば、ここで颯爽と登場するヒーローがいたりするんだろうけど、私の場合それだけはご遠慮願いたい。もしもこんな場所に輝翔さんが現れたりしたら、それこそ言い逃れできない。なにもかも一気に吹き飛ばす爆弾級のサプライズだから。
だけどさすがに辛くなってきた。隣のお座敷から聞こえる喧騒がやけに遠くのように感じる。
 ───もう、誰でもいいから、早く助けに来てぇ!
 「そこまでにしてくれるかな。」
 顔を上げて声のした先を見た私も、振り返ったお姉さま方も、その場にいた誰もが固まった。
 爆弾、キタ─────────!

 お手洗いの前で揉めている私たちの前に、白のカットソーに赤いカナディアンセーターとジーンズというプライベート姿の輝翔さんが現れてしまった。
 なにもそんな赤い服着て、目立つ格好していなくてもいいじゃない……。
 さっきまで私を問い詰めていた彼女たちも面食らっている。まさかこんな庶民的な居酒屋に御曹司が現れるなんて、思ってもいなかっただろう。
 それは私も同じこと。望んでもいないのに突然現れたヒーローに、頭の中が真っ白になってしまった。
 誰でもいいから助けてなんて願ってしまってごめんなさい。
 ちゃんと、輝翔さん以外の誰か、と言うべきでした。
 輝翔さんは、服装こそ違っても会社で見かける時と同じく爽やかな笑みを浮かべている。だけど、目が、まったく笑っていない。心なしか周囲の気温も下がった気がする。……廊下だから、冷えるのよね。
 呆気にとられる周囲を尻目に、輝翔さんが私に近づく。私の周りは囲まれていたはずなのに、輝翔さんが動いただけで視界が広がり道が開いた。リアル、モーゼの十戒とはこのことか?
 「……美月、大丈夫?」
 ───げげっ。この人、いま、私の名前を呼んだ!?
 私を心配そうに覗き込む輝翔さんからは先程までの冷たい態度は感じられない。それどころか、唇が今にもくっつきそうなほど、近いっ。いつの間にか左腕は腰に回され、私を守るかのように庇っている。
 「ど、どうして、専務がここにいるんですか……?」
 恐る恐るではあるが、固まっていた内の一人が疑問に思っていたことを口にする。そう、私も聞きたい。
 ───どうして、ここに、あなたがいるのさ!?
 今夜ここで総務課の忘年会兼壮行会があることは、もちろん伝えている。当然のごとく、心配性というよりむしろ束縛野郎の輝翔さんから終了時に迎えにくることだって宣言されている。だけど、輝翔さんとのことをばらしたくない私の希望で、待ち合わせは人目につかない場所を指定していたし、なによりまだ帰る時間にもなっていない。なのに何故、店の中にまで踏み込んで来てるんだ!?
 輝翔さんは発言した人物に目を向けることはなく、顔は私を見つめたまま質問に応える。普段の輝翔さんなら、そんな不作法な真似をすることはないだろう。
 「彼女の上司に呼ばれたんだよ。『彼女』のお迎えに来るなら顔を出せってね。」
 なぜに課長が!?確かに課長は、私がコネ入社であることを知っている。それに、輝翔さんは専務になる前は総務の仕事をしていたらしいから、面識もあるだろう。でも、お迎えに来るならって、どうしてそこまで知ってるの?それに、今、彼女って言った!?
 先に言った『彼女』は、私を指す言葉としては適切だけど、2番目に言った『彼女』は、絶対ニュアンスが違う。
 動揺する私に、輝翔さんが微笑みかける。だけどそれは、やさしさを湛えると言うよりも、黒い───この人、隠す気、ないな!?
 「俺への侮辱は構わないけど、彼女に対する暴言は聞き捨てならないな。彼女を専務秘書に推薦したのは本社の社長だ。この件に関して不満があるものがいた場合は必ず報告するようにと申しつけられているから、これ以上言いたいことがあるなら俺も黙ってはいられないんだけど?」
 お母様───本社社長の名前を出されては、何も言えない。明らかに動揺した様子の彼女たちは、口々に弁解を始めた。
 「い、いえ、私たちは、別に……。」
 「そうです!!私たちは、新人の羽田野さんが秘書課に異動して専務にご迷惑を掛けないように、アドバイスしていただけですよ?」
 ねえ、と同意を求められて、なぜかはずみで頷いてしまった。つい数分前まで追い詰められていたというのに、なんてお人好しな私……。
 だけど、こうなってしまったからには、一刻も早く事態を収拾したい。早くしないと、輝翔さんが余計なことを言い出さないとも限らない。今ならまだ、たまたまその場に居合わせた専務が自分の部下となる新人を庇ったということで、収まるかも、しれない。
 それに、憧れの専務様にみっともない姿を見られてすっかり意気消沈した彼女たちだが、先程から私にだけわかるように、横目で殺気の篭った視線を送って来るのだ。『余計なことを言うんじゃないわよ』かな?
 自分を吊し上げるようなことをしていた彼女たちに義理立てする通りもないのだけれど、輝翔さんやお母様のご威光を借りて、懲らしめたいという気持ちはまったくない。今の私は、入れた覚えもないのに懐にあった印籠がぽろっと落ちてしまった気まずさというか、とにもかくにも、早くこの場を切り抜けたいとしか考えられない。
 「き、貴重なアドバイスをありがとうございました。胆に銘じて精進しますね。今後ともなにかありましたら直接ご享受ください。」
 そう言ってなるべく笑顔を作りながら、彼女たちに向かって頭を下げる。ようやく喋った私に驚いたのか、冷気を漂わせるほどの輝翔さんの迫力に圧倒されていたのか、一瞬固まった彼女たちだったが、すぐに我に返ると撤退準備に入った。 
 「じゃ、じゃあ私たちは、これで。」
 「羽田野さん、引き留めて悪かったわね?」
 爆弾の破壊力はすさまじい。長くなりそうだと思っていた事態は、あっという間に終結した。なにはともあれ、まずは無事に解放された私は、ほっと安堵した。だけど……。
 その様子を黙って見ていた輝翔さんだったが、立ち去ろうとしている彼女たちに向かって、真っ黒い笑みを浮かべながら地を這うような低い声で流暢な英語を呟いた。

 「I know your sins.」
 ───私はあなたの罪を知っている。

 英語の意味がわからなかったとしても、その文章を目にしたことのある人たちには、聞き取りさえできれば理解できたのだろう。
 彼女たちの顔に見覚えがあるのは、会社の受付嬢だからという理由だけではない。つい先日、業務中にパソコンが固まって動かなくなったとの連絡を受けた依頼主の一人でもあったからだ。
 血相を変えてその場を逃げ出した彼女たちの背中を目で追いながら、隣に立つ御曹司の恐ろしさにゾッとした。
 「───輝翔さんだったんですね。」
 「なんのこと?」
 小首を傾げて知らんぷりをしているものの、どうして、というか、やっぱり、というか……。

 輝翔さんの言葉の通りに申しますと、一連の事件の黒幕は、溺愛する彼女が嫌がらせを受けていることを知って、情報管理課の精鋭に対し、送信元がわからないように細工された社内メールを使用したIPアドレスを特定し攻撃するように命令したのだそうだ。
 後で知ったことだけど、情報管理課を管理統括しているのは専務だった。輝翔さん自身も社内メールの内容を把握することくらいは朝飯前で、当然私がどういった内容のメールを受け取っているのかも承知していたらしい。
 いつぞや沙紀さんが言った、『美月ちゃんをいじめるような不逞な輩は、輝翔さんが抹殺するだろうから安心してね』という言葉を思い出し、背筋が寒くなった。
 「いくらなんでも、やり過ぎじゃないですか?職権乱用も甚だしいですよ。」
 「俺が見たのは美月のメールだけだよ。美月が俺を訴えたいなら、好きにしていいけど?」
 ───いや、そこまでは……。勝手にメールを見られてプライバシーは侵害されたけれど、裁判沙汰にしたいほどのものを見られたわけでもない。それに、輝翔さん側の弁護士は、間違いなく父だ。依頼すれば兄が私の弁護をしてくれるかもしれないが、勝率は、限りなく低い。
 「それに、あのシステムが起動するのは、業務と関係のないメールを使用したときだけだし。勤務時間内に終業義務を怠った連中に、ちょっとお仕置きしただけだよ。」
 まったく悪びれた様子のない輝翔さんに、これ以上の議論は無駄だと悟った。
 「気に掛けなくとも、これは俺のプライドの問題だから。人のものに手を出したらどうなるか、きっちり教えておかないとね。」
 そう言って笑った輝翔さんは、限りなく黒かったのだけど……。
 「───美月の気持ちもわかるけど、相談くらいはしてほしかったかな。」
 そう呟いた輝翔さんは、なんだかとても寂しそうに見えた。
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