Can't Stop Fall in Love【番外編】

美月と真・雪の女王

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 それは、兄の悠一と沙紀さんの結婚式が始まる数時間前のこと───
 親族であるため早めに会場入りした私は、予定通りの撮影を終えた後で、式の開始まで式場をブラブラしながら暇を潰していた。
 引っ付き虫の輝翔さんも、さすがに羽田野家の一員としては顔を出さず、招待状に書かれていた時間に合わせて来ることになっている。
 しかし、輝翔さんがいないと思いの外退屈だった。親族控室は、父と母と私の三人だけなんだけど、寡黙な父は今日も今日とて安定の無口っぷり。慣れている母は隣で呑気にお茶を啜っているけれど、沈黙が続く室内は、どちらかといえばお通夜なんじゃないかと勘違いしてしまいそうになる。
 というわけで、居た堪れなくなった私は会場内を散策というか、徘徊しているのだけれど。
 しかし、沙紀さんの花嫁姿は、綺麗だなあ……
 親族だけの写真撮影の前に対面した本日の主役は、純白のウエディングドレスを身に纏って、いつも以上に美貌に磨きがかかっていた。
 それにしても、ミニスカドレスにはビビった。芸能人のブログなんかで見たことはあったけど、実際に着る人って、いるんだな。
 まだ二十三歳の私の周囲では結婚している友人もほとんどいないため、結婚式に出席するのは物心ついてからはこれが初めてだったりする。ほぼ初体験の結婚式がこれだと、なんとなくハードルが上がったかもしれないけど───
 「心配しなくとも、あなたはあんなドレスを着ることはないわよ」
背後から声をかけられ振り向くと、そこには、百合子さんが立っていた。
 「百合子さん!?どうして、ここに?」
 なぜこんなところに百合子さんがいるのだろうか。招待客の中に彼女の名前はなかったはず。うちと親戚でもなく、仕事上の付き合いも希薄な彼女が、どうして兄の結婚式を挙げるこの場所にいるのか。 
 困惑していると、それに気づいた百合子さんが苦笑いを浮かべる。
 「これからニューヨークに戻るから、最後のご挨拶に伺っただけよ」
 「最後?」
 百合子さんの井手達は、品の良い赤のツーピース姿。結婚式に出席する服装に相応しくないこともないけれど、女王様の格好にしてはいささか固い印象で、どちらかといえば仕事に出かける時のようだ。
 そういえば、真木さんに聞いたことがある。百合子さんは元々アパレルの仕事で向こうにいたのに、狸オヤジの命令で帰国させられたんだっけ。それが戻ることになったということは、輝翔さんと結婚して須崎グループの本筋に返り咲くという、『もうひとつの須崎家』の呪縛は解けたのかもしれない。
 ───もしかして、日本を経つ前に、最後に私にお礼を言いに来たってこと?
 「いや、そんな、お礼だなんて、私はただ自分の言いたいことを言っただけで!」
 百合子さんが自由になってくれればと思ったのは、彼女のためというのもあるけど、半分は自分のためでもあった。だから、いくら背中を押したからとはいえ、お礼を言われる筋合いなんて……
 「なにを勘違いしているのかしら?言っとくけど、父に反抗したのは、私の意思よ」
 勝手に照れていた私のおこがましい考えは、百合子さんによって容赦なくぶったぎられた。
 「そ……、そうですか。それを伝えるために来たんですか?」
 「違うわよ。用があったのはあなたにじゃないわ」
 腰に手を当てて偉そうにふんぞり返っている百合子さんの後方には、新郎控室があった。
 ───やっぱり、百合子さんの好きな人って。
 輝翔さんに聞いた話なんだけど、百合子さんが輝翔さんにストーカーまがいの行為を繰り返していたのは、もちろん狸オヤジの指示もあったけど、そのたびに厳重注意にやって来る『弁護士さま』に会いたいというのも理由だったんだって。
 今になって思えば、真木さんが私に興味を示したのも、私が『輝翔さんの恋人』だからじゃなくて、『恋敵の妹』だったからなのかもしれない。
 「……話は、できましたか?」
 「ええ。ちゃんとお別れできたわ」
 そう言った百合子さんは、穏やかな春の光の中で、穏やかに微笑んでいた。
 春は旅立ちの季節。きっと百合子さんも、呪縛とともにいろいろなものとお別れできたに違いない。
 「ニューヨークへは、おひとりで?」
 「もちろん、ビジネスだもの」
 「あの、真木さんは……?」
 「卓巳は今まで通り、須崎興産に残って会社と私のために働いてもらうわ」
 「そ、そうですか……。」
 真木さんの呪縛は、まだしばらく続く、のか?
 実際のところ、真木さんが百合子さんのことを好きなのか、百合子さんがそれをどう思っているのかはわからず仕舞いだったけれど、今まで輝翔さんのこともあっていろいろと制約を受けていた二人が、願わくば幸せになってくれればと思う。
 私が輝翔さんと出会えたように。お兄ちゃんと沙紀さんがこれから先の未来を共に歩んでいくように。人にはそれぞれ、幸せが待っているのだから。
 「あなたは本当に卓巳のことばかり気にするのね。そんなに気になるなら、今からでも遅くないから輝翔を捨てて乗り換えてもいいのよ?」
 「そんなことしませんよ」
 だーかーらー。私が輝翔さん以外の人を選ぶはずがないじゃないか。
 きっぱり言い切ると、百合子さんは小さく吹き出す。
 「まあ、いずれその気になったところで、次はそう簡単には譲ってあげないけどね」
 陽だまりの中で、雪の女王は穏やかに微笑んでいた。


 「誰かと思えば、百合子先輩じゃないですかぁ!」
 廊下の向こうからわざとらしいハイトーンの声が上がる。
 そこにいたのは───花嫁衣装に身を包んだ、沙紀さん。
 「どうしたんですか?『ご招待もしていない』のに、『わざわざ』お祝いに来てくれたんですか?」
 沙紀さんは満面の笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。対照的に、百合子さんはなぜか顔をひきつらせながら、後ずさった。
 百合子さんがたじろぐのもわかる気がする。なぜなら、沙紀さんは表面上は笑顔だけれど、目の奥が、笑っていない。それに、口調も……厭味ったらしい。
 白いドレスの沙紀さんと、赤いスーツの百合子さん。なんだかおめでたい組み合わせなのに、なぜだかとっても不穏な空気だ。
 「それともあれですか?最後に一目だけでも悠一さんに会っておきたかっただなんて、そんな未練たらしいこと、まさかしませんよねぇ?」
 後ろに下がる百合子さんをもろともせずに至近距離まで近づいた沙紀さんに詰め寄られ、百合子さんは逃げ場を失くした。
 「そ、そんなわけないじゃない。私はただ、美月さんに用事があって来ただけよ」
 さっきこそ、私に用があるわけじゃないとはっきり言ったくせに。そうは思っても、ねえ、と同意を求められ、はずみでコクコクと頷いた。
 だって……百合子さん、怖い……
 「ならいいんですけど。美月ちゃんはもう私の義妹なんですから、余計なお節介はやめてくださいね?」
 「それはこっちのセリフよ」
 沙紀さんから顔を逸らした百合子さんが、ゆっくりと私の耳元に顔を近づける。
 「……美月さん、この女には気を付けなさいね?村本智美さんがなぜ須崎商事の秘書課にいるのか、よく考えるといいわ」
 小声でこっそりと囁かれた言葉に、私は首を傾げた。
 村本さんといえば、兄の元カノだった人。つい先日まで、私は彼女を輝翔さんの元カノだと勘違いしていた。
 そういえば、そう思うようになったきっかけは、真木さんの言葉だったっけ。
  『恨まれる可能性の高い人物を囲い込むのはあの男の常套手段だと、常々お嬢様が言っていましたから』
 輝翔さんの元カノである村本さんは、百合子さんに恨まれる可能性が高くて、それで輝翔さんが自分の近くに置くことで守っているのだと思ったんだけど……
 もしかして、『違う人物』から、守ってた?
 それに気づいた時、白い人影から冷気のようなオーラを感じたような気がしたが、私は気付かない振りをした。
 ……多分、その方が平和だと思う。
 「とにかく、私の用事は済んだから、これで失礼するわ。……末永く、お幸せに」
 「ありがとうございます、百合子先輩」
 結婚式には似つかわしくない雰囲気だったものの、別れ際、百合子さんは沙紀さんへと手を差しだした。
 それに笑顔で応じた沙紀さんは、いつもの可愛らしい沙紀さんだった。
 だけど───
 「じゃあね、美月さん。あなたがウエディングドレスを着る時は、私があなたに合った素晴らしいドレスを見立ててあげるわ。ミニスカなんて下品なドレスじゃなくて、輝翔の隣に並ぶのに相応しいドレスをね」
 百合子さんは、最後に爆弾を落として行った……

 「……ったく、あの人もいい年こいて。早く自分の幸せを見つけるべきよね」
 下品なドレスと称された沙紀さんだけど、特に気にする様子もない。
 それどころか、遠ざかっていく百合子さんの背中を見つめる瞳は、なんとなく優しいものにも見えた。
 沙紀さんも沙紀さんなりに、百合子さんの幸せを願っているのだろうか。
 ひとりの男を巡る女の戦いは、今日をもってひとまず終結した。美女二人が取り合っていたのが、うちの兄だというのには若干の疑問も残るけど、手の届かない存在の輝翔さんよりも、その傍らにいる兄の方が、意外とモテていたのかもしれない。
 そんなことをぼんやりと考えていたら、いつの間にか隣に立っていた沙紀さんに、ものすごい笑顔で顔を覘き込まれた。
 「それで、美月ちゃん。村本智美さんがどうかしたのかしら?」
 ひぃぃぃっ!黒い、黒いよ、沙紀さん!
 純白のドレスに身を包み、ニッコリと笑いかける彼女は……
 ───本物の女王は、ここにいた。
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